シアトル 初めての一人旅 その1

私が生まれて初めて外国に行ったのは、1993年2月のことだった。

当時通っていた日本の大学の留学プログラムで、アメリカのワシントン州にある小さな小さな町にある大学 Eastern Washington University(イースタン・ワシントン・ユニバーシティ)へ半年間だけ滞在したときのことだ。

19歳になったばかりだった。

ワシントン州の北東に位置するスポケン(Spoken)にほど近いチニ―(Cheney)の町は、本当に何にもない田舎町だった。

寮の部屋の窓から見渡す限り草原という、なんとも牧歌的な場所だった。

この町に暮らした半年の間に、私は生まれて初めての一人旅を経験した。

行った先は同じくワシントン州にあるシアトル。

ワシントン州の北西に位置するこの都市は、当時のトレンドであったグランジロック発祥の地であり、ギタリストのジミ・ヘンドリックスの出身地でもある。

チニ―の町に滞在していた半年の間に、私はなんと3回もシアトルを訪れたのだった。

  • 一度目は男友達と二人で日帰りで
  • 二度目は生まれて初めての一人旅で二泊旅行
  • 三度目は当時の彼氏に旅行をドタキャンされて、破れかぶれで女の親友と不貞腐れた二人旅で

それくらいワシントン州には他に見どころがあまりないということもあるけど、たぶんシアトルが好きだったんだと思う。

1995年には、当時留学していたミズーリ州からわざわざ飛行機へ乗って再びシアトルへ訪れたくらいだから、やっぱり好きなんだろうと思う。

今回は、初めての一人旅で訪れたときの事を書きたいと思う。


2度目にシアトルを訪れたときは、私にとっては生まれて初めての一人旅だった。

それまでの人生で、一人きりでどこかへ泊りがけの旅行をしたことがなかった。

当時の私は、アメリカにいる半年の間に「何か」をしなくてはという強い思いがあったように思う。

焦りにも似た気持ち。

なんでもいいから、今までやったことのないことをやらなくちゃ。

アメリカにいる間に。

そういう感じがあったと思う。

それから、当時ある男との間に抱えていたゴタゴタが煮詰まって、とにかくどこへでもいいから出かけて気分転換をしたいと思っていたこともあった。

それで私にとっては「一人旅」という形が一番しっくり来たんだと思う。

コンピューターもインターネットもない時代のことだから、ガイドブックを頼りにノートに書きつけて計画を立てて、チニ―の街からグレイハウンドバス(長距離バス)に乗ってシアトルへ向かったのだった。

ところが、最初からうまくは行かなかった。

バスに乗ってしばらくしたときに、行先違いのバスに乗ってしまったことが判明。

私はシアトルに行きたいのに、ポートランド(オレゴン州)行きのバスに乗ってしまったのだ。

生まれて初めての一人旅だったし、まだアメリカに慣れていなかったせいもあって、気が動転してバスの表示を読まずに乗ってしまった。

それに気づいたときに、いいようのない絶望感と不安に襲われた。

予測していなかった事態に、とっさにどうしたら良いのかわからない。

焦ってドライバーに確認したところ「次のストップ(バス停)で降りて、後からくるシアトル行きへ乗り換えるように」と教えてくれた。

表には出さないようにしていたけど、内心はハラハラしていた。

当時はまだそのくらい気が小さかった。

ドライバーの言う通り途中で降りたストップは、小さなキヨスクの他は何もないようなひなびた場所で屋外のベンチにポツンと座り、いつくるともわからないバスを待った。

見渡す限り延々とただ平原が広がっている。

人間は私一人だけ。

動物すら見当たらない。

心細くて泣きそうだった。

ドライバーの言葉を信じてどれくらい待っただろうか、ようやくシアトル行きのバスが見えたときにはホッとして生き返ったように感じた。

バスに乗り込んでようやく安心した。

一人旅って本当に大変だ。

頼れる人が誰もいない。

だけど、それが醍醐味でもある。

バスの中ではずっと日本から持ってきたウォークマンを聴いていた。

旅で移動するときには、窓の外の景色を眺めながら音楽を聴くのが好きだ。

お勧めは、中央東線で長野から東京へ向かう道すがら右手に見える山の稜線を眺めながら聴くバッハの無伴奏チェロ組曲。

このときもバス座席に座って窓の外を眺めながら音楽を聴き、いよいよ一人で旅に出たんだ!という何とも言えない高揚感を噛み締めていた。

頭の中には恋愛のゴタゴタが沢山あったけど、そこから少しでも離れて「今」を噛み締めたかった。

だからずっと窓の外を見ていた。

長い時間が経ち、バスは小高い丘の上からシアトルの街全体を一望できるところへ差し掛かかった。

遠くに街が見えたときには感動した。

あ、シアトルだ!

シアトルはやっぱりちょっと特別な場所なんだと思う。

バスはいよいよシアトルのバスターミナルへ到着した。


シアトルは雨の多い町として知られ、一年のうちでも雨か曇天の日が多いと聞く。

私が訪れたときは、晴れの日も雨の日も曇りの日もあり、それぞれ趣が違って面白かった。

当時宿泊先に選んだのは、街の中心部にあった YWCA だった。

YMCA と違い女性専用だから、一人でも安心してしかも安価で泊まれるという理由で選んだ。

ホテルのようには行かないが、清潔で小ぎれいな内部は、当時の私にはちょうどいい宿泊先だった。

YWCA の部屋の窓から撮ったシアトル市内、1993年当時。

星条旗が見えるが、アメリカではいたるところに星条旗が掲げられている。

日本とはずいぶん違うと思ったものだった。

日本では街中に国旗を掲揚したりしない。

そういう習慣もないし、日本は敗戦がらみで国旗に関しては色々な確執を抱えている国だから。

写真の奥に海が見えている。

シアトルは海辺の街なのだ。

その2へつづく


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ロヴィナ ドルフィンウォッチング

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1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

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