パリ フランス その2

1999年8月フランスはパリを訪れた。

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ルーブル美術館

私たちはこの美術間を数時間で見て回った。

無謀極まりない暴挙だ。

本来であれば、ルーブルだけで一日時間をとるべきだっただろう。

だけどブライアンのクレイジーな計画に乗っ取られ、私たちはこの巨大美術館を駆け足で通り抜けたのだった。

まず目指したのは、言うまでもなくモナリザ。

地図を片手にして、ただひたすらモナリザの展示場を目指した。

モナリザの周りは、当たり前だか人でいっぱいだった。

とても小さな絵で、ガラスケースの中に陳列されていた。

モナリザよりも私の記憶に鮮明に焼き付いているのは、ドラクロアの「自由の女神」。

ウィキ

この絵はまさに壁一面で・・・壁一面とは、日本の襖とかではなく、ルーブルの天井の高いだだっ広い展示室の壁一面の絵で、私はしばらくこの絵の前にあるソファに腰かけて、じっくりと絵を鑑賞していた。

ソファが置いてあるのもさすがだと思った。

私は、気に入った絵や写真があると、対象物を満喫しきるまで眺めたい人なので、こういう配慮は本当に助かる。

それに、美術館というところは床が大理石で固いところが多いので、膝に負担がかかってとても疲れるのだ。

美術館の床は絨毯にしてもらいたいと思うのだが、聞き届けられるだろうか。

誰も提案しないのかしら。

ルーブルには絵画だけではなく、彫刻も多数展示されている。

巨大なものが多いので、美術館自体も大きくならざるを得ない。

何棟にも分かれているので、地図を片手に私たちはルーブルの中を走り廻った。

駆け足で展示品を見て外へ出てきたときは、クタクタだった。

もっとゆっくりと見て回りたかった、そのリベンジは、20年後の今も果たされてはいない。


パリの街並み

パリと言えば凱旋門。

私とブライアンだ。

凱旋門はさすがに興奮した。

完全なおのぼりさんだが、意に介さず。

遠くに見えるエッフェル塔。

何気に写っている橋の欄干も見事な装飾だ。

さすがはフランス。

エッフェル塔は実際に見に行ったけれども、上には登らなかった。

そんなことをしている時間がない(ブライアン説)し、私は高いところが苦手だ。

間近から見たエッフェルも素晴らしいが、今手元に写真はない。

パリについてはまったく疎い私は、訪れた先の建物の名前も知らないほどだった。

有名な建築物らしいが、私は名前を知らない。

マタインとブライアン。

小高い丘の上に立っていたので、パリの街を一望できた。

二日間を駆け足で抜けたパリ。

ブライアンはその後すぐに旅立っていった。

私たち3人はパリではホステルのドミトリーに宿泊していたのだが、そこではバスタオルはデポジット制で借りるシステムになっていた。

マタインが一括して3人分をデポジットしていたのだが、ブラアインのタオルだけが見つからず、デポジットは戻らなかった。

「ブライアンがタオルを借りパクしていったんだ」

マタインはそう言っていた。

それから数日、マタインと私はパリへ残ってようやくゆっくりしていた。

上の写真にある建物にも、何度も行った。

夜行って、二人で階段に座ってバケットを食べながらワインを飲んだこともあった。

それから、重要なことを書き忘れるところだった。

1999年当時、都市伝説化していた「パリのマクドナルドではビールを頼める」という情報があった。

ことの真相を確かめるべく私たちはマクドナルドへ入り、朝食を食べたのだが、メニューの中にビールがあったのかなかったのか・・・忘れてしまった。

いつまでも若いつもりでいても、記憶力は減退している。

だけど、モーニングのメニューにクロワッサンがあったのはさすがフランス。

マクドナルドはローカライズ命の会社なので、お国柄が出る。

その後ようやくパリを満喫した私たちは、パリにある駅から長距離国際列車へ乗って、一路最北のオランダまで向かったのだった。


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パリ フランス その1

レコーディングスタジオ 西貢

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プロフィール

 

1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

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