御柱祭り 諏訪

Blissful Moment 初の日本記事。

1998年に地元で行われた御柱祭りでのこと。

御柱祭りとは、7年に一度開催される地元最大のお祭りだ。

私は、こういう祭事は苦手だ。

地元愛が極めて希薄な人間なので、他の地人たちのようにのめり込んで熱中することができない。

地元に対する愛がないというよりも、帰属意識がほとんどないのだ。

土着の愛情がない。

御柱祭りと言えば、この辺りでは人々の最大の関心事で、周りの人たちは7年に一度大変熱狂する。

この祭りを生きがいにして7年間過ごす人たちも少なくないことを、私は知っている。

そんな人々の様子を、一人遠巻きに少し冷めた目で見ているのが、私だった。

けれどこの年は、ヘティたちが祭りを観に行くというので、直前である前日になって、私も渋々出かけることに決めたのだった。

こういう経緯があるにも関わらず、私の家族は未だに「私が外国人たちをお祭りに連れて行って親切に案内してあげた」と思い込んでいる。

真相は全くの正反対なのに。

人の気持ちとは9割がた誤解と勘違いで伝わっているものだ。


当時私はアメリカ留学から戻り、地元で暮らしていた。

たまたま近所に住んでいたイギリス人のヘティは当時22歳か23歳で、私が卒業した高校でTA(ティーチング・アシスタント)をしていた。

並んで歩くヘティと私

1998年には、文部省が世界中の若者を募って、中高で英語を教えさせるプロジェクトJETがあったのだ。

今振り返ればば、ヘティとはそれほど気が合うという訳ではなかった。

ただ家がすごく近かったし、アメリカから帰ったばかりで逆カルチャーショックに苦しんでいた私は、近所に外国人がいるというだけでも、すごくホッとしたのだったのだ。

英語が話せる人がいるというのも嬉しかった。

それで、ヘティとはよくつるんで遊んでいた。

この日は、御柱祭りを見るために、県内外からヘティのJET友達が彼女の家へ集まって来ていた。

私は24歳。

イギリス人のヘティがノリノリで法被を着ているのに、私が極めてクールないでたちで祭りに出掛けているあたりにも、温度差を感じることが出来る。

この日はとにかくすごい人出だった。

山の中で行われる祭りを見るために、大勢の人が山道を登って行った。

ヘティとその他の仲間とは、最初のうちは行動を共にしていたが、進むうちにはぐれ始めてしまった。

しかしそんな中でも、奇跡の写真一枚が残っているのを見つけた。

アメリカとイギリスの超絶イケメン3人を従えて歩く私

ていうか・・・ウハウハですやん!

こんな写真が残っているとは思わなったので、この一枚が出てきたときには感動した。

彼らは全員ヘティの友人らで、同じく中高で英語を教えていたのだった。

この時はたままたこんな具合に写真が撮れたものだと思う。

しかしこの後すぐに、人込みに揉まれてみんなバラバラになってしまう。

ふと気が付くと、私の隣にいるのはアメリカ人のハンスだけだった。

写真は残念ながら残っていないが、ハンスはアメリカ人らしく、フットボールの選手と言っても通用するくらい体格の良い大男だった。

だから相当目立つ。

みんなとはぐれてしまった私とハンスは、その後ピッタリと行動を共にしていた。

ハンスとはこの日初めて会ったので、人見知りがある私は少し緊張していた。

この時はまだそれほど世慣れていたわけではなかったから。

私もアメリカに住んだことがある経緯から、共通の話題は結構あった。

ハンスはアリゾナのツーソン出身で、私のミズーリ時代の友人はツーソンに引っ越したから、そんな辺りで話を繋いでいた。

祭りの間中ハンスと二人で歩いていると、新聞が取材に来た。

「今日は楽しんでますか?」

ハンスにインタビューする記者をなぜか通訳する私。

単に外国人というだけでインタビューされてしまうほど、ここは田舎なのだ。

私個人は別に、それほど祭りに熱狂しているわけではない。

だけど、人込みの中に中高の同級生や同窓生の顔を見つけたり、久しぶりに会う地元の人などもいて、それはそれで楽しい経験だった。

一日が終わる頃にはクタクタで、ハンスと二人で山を下ったあと、麓で仲間たちとようやく合流することができてホッとしたことを覚えている。

私たちはその後、ヘティの家で飲み会をして過ごすこととなる。


ところが、話はここで終わらなかった。

翌日、地元紙にでかでかと満面の笑みでインタビューに答えるハンスと私の写真が、記事とともに載ってしまったのだ。

職場へ行くと、みんなが振り返って私を見た。

話題はもっぱら新聞記事のことだった。

別に悪いことをしたわけではないのに、私は恥ずかしくて、穴があったら入りたいような気分だった。

一体どれくらいの人があの記事と写真を見たのだろうか。

地元中の人が見たのだろうか。

考えただけでも眩暈がしそうだった。

それに、そんなことは一切真実ではないのに、なぜか私とハンスが付き合っていることになっていた。

本当は、ハンスとは祭りの日に初めて会ったのだ。

この記事を見た叔母が、記事と写真を引き伸ばしたものをお節介にもわざわざ家まで届けてくれたりもした。

本当に、ここはそれほど田舎なのだった。

だからというわけではないのだが、これをきっかけとして私とハンスは付き合うことになった。

ハンス27歳、私24歳。

しかし彼とはどうしてもソリが合わず、結局、交際は10か月ほどしか続かなかった。

この写真は唯一残っている当時の様子を伝える一枚

左端に映っているのがハンス、後ろはガイとヘティ

ハンスと別れて傷心の私は、その後イスラエルへと旅立っていくこととなるのだった。


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プロフィール

 

1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

当サイトはそれぞれの場所の思い出を綴った紀行文サイトです。

 

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