食事事情 バリ島

2018年4月~6月にかけてインドネシアはバリ島へ滞在した。

バリ島の第一印象は「食べるものがない」で、それは2か月滞在した後も変わらなかった。

私の食生活(ライフスタイル)とは合わないというだけの話だ。

独断と偏見で、バリ島の食事事情について書いてみたいと思う。


デンパサールで借りていたKOS(アパート)に小さなガスコンロはついていたものの、本格的に自炊が出来るような設備ではなかった。

そのため、食事は勢い外食に頼りがちとなった。

バリ島へ上陸する前に、一か月間に渡る本格的デトックスをインドで受けていた私は、バリ島でどんな食事をするのかについては当初から色々思案していた。

けれど、バリ島の食事事情について事前情報がほとんどなかったことから、実際に現地入りしてその実情を知って驚いたのだった。

ジャンクフード天国!

それが第一印象だ。

どこへ行ってもファスト・フードやジャンクフードばかりで、私が安心して口に入れられるようなものを見つけるのはとうてい無理だった。

なので、どこへ行ってもミネラルウォーターか果物だけを頼んでいた。

クタやスミニャックでヴェジタリアンの料理を出す店もちらほらあったが、バカ高い値段の割には内容が貧弱で、とても毎日続けられるようなものではなかった。

なので、「健康的な食事」を摂ることは、ある時点である程度諦めざるを得なかった。

その部分は唯一後悔として残っている。

この時の経験から、「バリ島で Real Food のカフェを開く」という案が出てきたが、ビジネス・パートナーの意向により没となってしまった。

バリ島で普段は調理する必要のない食材を買って家で食べることもあったが、ほとんどは近所のワルンからデリバリーをしてもらっていた。

ワルンとは食堂のことだ。

レストランなどではない、地元が人がフラっと入ってフラっと何かを食べるような場所。

これが代表的なワルン食。

ワルンでは主に鶏肉が使われていて、メニューでも主力ラインナップだ。

インドネシア料理はどれも唐辛子がたっぷりと入っているので、すごく辛い。

私のように消化器系が弱い人は注意が必要だ。

あまりに辛いときは、水で洗いながら食べていた。

費用の関係上、一度頼んだ料理が辛かったからと言って、別の料理を頼みなおすような余裕はなかったのだ。

さすがに2か月滞在したあとは、どんな料理が安全なのかわかるようになったけど。

滞在の最後に出会った友人のマリオが連れて行ってくれたワルンは、値段がすごく安いのに内容が充実していて、とても満足感があった。

大きなガスコンロに鉄鍋を掛けて、男の人が一日中料理をしていた。

シェフは昔から男なのは、調理とはやはり力仕事だからだ。

調理の現場が見える仕組みなので、何か安心して食べられるような気がした。

私のKOSの近所には、こんな料理を出すワルンはなかった。

それが少し残念。

マリオとマリオのお母さんと3人で行った別のワルン。

ここはバッフェ方式で、食べたいものを食べたい分だけ皿にとって、その分だけお金を払う方式。

私が頻繁に通っていたのは、レノン地区にあるレベル21という大型ショッピング・モールで、普段はその中にあるスタバでハーブティ―を飲みながら仕事をしていた。

レベル21の中にはレストランも沢山入っていたけど、値段がびっくりするほど高かったので、よほどのことがなければ入らなかった。

1階に外資系のスーパーが入っていて、その中にあったフードコートでは安価でかなりまともな食事をすることができた。

このことを発見できたことは、とても大きかった。

こういうとてもまともな食事を、ワルンと同じ値段で食べることができたのだ。

スープの内容を変えたものがこちら。

私はこの乳白色のスープをいたく気に入ってしまい、週に何度か頼むことすらあった。

午前中スタバで仕事をして、ランチをここで食べて、夕食をお持ち帰りにしてもらって家で食べるなんてことを何度もしていた。

インドネシア料理だけではなく、ピザやスパゲッティといった西洋料理も出していたし、味も良かった。

バリ島で比較的安価でまともな食事をしたいと思ったら、私はとにかくこのスーパーのフードコートをお勧めする。

ウェスト・バリまで、バリ島の日本人富豪「兄貴」に会いに行ったときに、みんなで海の家で食べた本格バリ・シーフード。

獲れたての魚を丸ごと調理したものが出された。

「兄貴」が見繕って注文してくださって、もちろん奢り。

島であるバリでは、魚料理もやはり主力なのだ。

ヨーロッパなどでは、魚と言えばマリネにしたり塩漬けにしたり「保存食」のイメージが強いが、東南アジアではグリルにして食べる習慣もある。

インドネシアの元宗主国オランダの魚料理って言えばへリング(イワシの塩漬け)だけど。

若いころ1年だけアムステルダムに暮らした時は、近所にジャワ料理を出す屋台があったっけ。

話が逸れたけど、バリ島に来てから毎日一人で食事をしていたので、この時は初めて大勢の日本人と一緒に食事をしたので、内心すごく緊張していた。

このときに滞在していたハマン・リゾートでの朝食はナシゴレン。

ハマンリゾート

申し訳程度のメニューがあって、そこには色々料理の名前が載っているのだけれど、どれを注文しても Out of Stock 在庫切れで、結局作れるものはナシゴレンかミーゴレンしかないのだった。

だったら最初からそう書いておけよ、と思うけれども、そこも愛嬌なのだろう。

ドリンクはドラゴンフルーツのスムージー。

バリ島南部のパタン・パタン・ビーチで食べたナシゴレン。

グリルで焼いたトウモロコシに天然の塩を振ってあるのは、なんとも素朴な味で懐かしい。

2か月滞在したバリ島だったけど、結局主力メニューはナシゴレン、ミーゴレン、ナシチャンプルー、チャプチャイ・・・

その辺りしかないのだ。

ザ・グルメ天国である香港に15年住んだ私としては、このレパートリーの少なさは如何ともしがたい。

香港という場所は、本格中華のフルコースから本格イタリアン、フレンチ、インド料理、タイ料理、B級、C級グルメに至るまで、およそ食べ物でないものは何もないような場所なのだ。

だから、「選択肢がない」という状況が私としては一番辛いのだ。

北の街ロヴィナには、オシャレなワルンが沢山あった。

そのうちの一つにみんなで行った。

マリオ、イーダ、ハイジ、そして私の4人でビーチでサンセットを見た後、このワルンで食事をした。

私とドイツ人のハイジは、二人ともナシチャンプルーを頼んだ。

ナシチャンプルーはそれほど辛くなく、普通に食べられる。

食事の後に、お母さんへの食事を屋台で調達するマリオ。

屋台は香港にも沢山あるから私は馴染みやすい。

ロヴィナで私が滞在していたのはマリオとお母さんが経営しているヴィラで、そこには本格キッチンがついていた。

バナナヴィラ

オーブンまであるのだから、これなら普通にどんな料理でもできるだろう。

私は密かに、今度バリ島へ行くのなら、このヴィラで長期滞在できないものかどうか目論んでいる。

ヴィラでのウェルカム・ドリンクはドラゴンフルーツのスムージー。

絶景を眺めながらの朝食。

出されたパパイヤとパインナップルはこのヴィラの庭で獲れたもの。

果物は八百屋かスーパーでしか買えないと思っている方も多いかもしれないが、東南アジアでは庭から獲れたり、私の実家あたりでは近所の農園から譲ってもらったりする。

最後に、インフュージョン・ウォーター。

コリアンダー・インフュージョン

インドでお世話になったアユールヴェーダのドクターが、「あなたの体質なら、コリアンダー・インフュージョンがいいですよ」と仰っていたのだ。

そこで、街に出てコリアンダー・インフュージョンがあるときには頼むようにしていた。

KOSの近所にあったカルフールというスーパーでもインフュージョン・ウォーターは売っていたのでよく買っていた。

いつか自分で作ろうと思ってコリアンダーを大量に買ってみたけど、なんだかドロドロしてしまって上手く作れなかった。


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KOSと果物 デンパサール バリ島

瑪麗醫院(クイーンメリー病院) 薄扶林 その1

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プロフィール

 

1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

当サイトはそれぞれの場所の思い出を綴った紀行文サイトです。

 

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