瑪麗醫院(クイーンメリー病院) 薄扶林 その3

2001年~2016年の間香港に暮らした。

香港では2010年か2011年に、飼い猫に腕を噛まれたところが化膿して、入院して手術を受けた。

当時の写真は手元に一枚も残っていないのだから、記憶を手繰ってこの記事を書いてみることにする。

当時、相方と私は4匹目の猫を迎えたところだった。

すでに、当時はムイムイを筆頭に太郎と次郎という兄弟猫がおり、今回引き取ったのは4匹目のチョコだった。

太郎 次郎

チョコ

ムイムイはすでにゴーイングマイウェイの境地に至っていたので意に介さなかったが、問題となったのは太郎・次郎対チョコだった。

チョコにあからさまなマウンティングを仕掛ける次郎。

こんな状態なので、チョコは常に隔離しておかなければならず、私たちは一時猫のテリトリー問題で家を空けることが出来なくなっていた。

そんなある夜、とうとう事態は勃発した。

ストレスがピークに達した次郎が私の腕に噛みついたのだ。

咄嗟に傷を見ると、深かった。

血が止まらなかった。

次郎の落ち度ではない。

私ら人間の落ち度だ。

そうは言っても傷は治らない、時間はすでに夜中の12時を超えており、その時は家にあった消毒液で消毒をして絆創膏を貼って処置をした。


次の日、職場に行っても痛みは引かなかった。

ずっとズキズキとした痛みがあった。

「猫に噛まれた」と香港人の上司に言うと、上司は「猫にかまれたんなら、注射をしなくちゃダメじゃないかな」と言った。

そこで私は昼休みに近くのクリニックまで出かけた。

「おー、見事に腫れてるね!」ドクターは傷を見るなりそういった。

「破傷風のこともあるし、注射しようね」そう言って注射をして、傷口を洗浄して手当をしてくれた。

抗生物質が出されたので、それを飲むこととなった。

しかし、傷は一向に良くならなかった。

それから毎日クリニックへ通ったが、炎症は日に日に広がっていくように見えたし、痛みもひどくなっていった。

ある日、家にいるときに、穴(傷口)から膿が流れ出し始めた。

ちゃんと猫の歯の形になっているのがちょっとかわいい。

ビックリしてそれを写真に撮ってドクターへ送ると、「今すぐに病院へ行って!」と言われた。

本当はカノッサ病院へ行けと言われたけど、カノッサは私立病院だ。

私の保険では賄えない。

「それじゃ、クイーンメリーへ行って」とドクターは言う。

家から一番近いのはルットンジー病院だ、そこではダメなのか?

「ダメだ、クイーンメリーへ行って。僕が電話をしておくから」そういうので、とりあえず入院セット(下着や着替えやシャンプーなどの詰め合わせ)を作って、タクシーへ乗って相方と二人で病院へ向かった。

その時がすでに夜の10時くらい。


病院へ着くとすぐに診てもらえて「緊急手術」だと言われた。

そして入院病棟へ案内された。

入院するつもりで来てはいたものの、実際に入院病棟へ通されると、何とも言えない寂寥感と心細さが湧き上がってきた。

「やっぱいいです!」と言って帰りたくなった。

一緒に来ていた相方を振り返って泣きそうになる私。

「こんなところに、一人で泊まれないよ」部屋は8人部屋で、夜10時を過ぎているのに煌々と電気がついてテレビまでつけっぱなしだった。

こんなところでは過ごせないと思った。

肩をすくめる相方。

2008年には自分もここに入院したのだし、私の気持ちはわかったのだろう。

「じゃ、俺はこれで帰るけど。また明日来るから」と言って、相方は帰っていった。

私は病院のパジャマに着かえて、自分のベッドに入って横になった。

すごく心細かった。

少しウトウトし始めると、ナースが来て傷口を洗浄した。

しばらくすると麻酔医が来た。

手術で使う麻酔の説明だ。

局部麻酔と全身麻酔の説明を受けた。

こんなときに局部麻酔を選ぶ人もいるのだろうか、私は全身麻酔を選んだ。

そして、自分が選んだことを証明する書類にサインをした。

全身麻酔の書類に署名するときは、いつも少し緊張する。

ようやく照明が落ちて、ベッドサイドテーブルのライトだけ灯したまま寝ていると、夜中の2時くらいにドクターが来た。

クイーンメリーのような官立病院はものすごい数の患者を捌いているので、24時間フル稼働しているのだ。

このときに来たのはドクターと言っても教授ではなくて、若いかなりイケメンのドクターだった。

香港人の男性はイケメンが多い。

面長で切れ長の目が涼やかな美男子が多いし、体格の良い人が多い。

「カッコいいドクターだなぁ」と見惚れていると、傷口を診察していた彼はおもむろに診たてを語り始めた。

「内部にそうとう膿が溜まっている」という。

傷の位置がちょうど手の神経が集まる箇所だから、手術は慎重にしないと、と説明してくれた。

イケメンの上に頭もいいのか。

この組み合わせがノックアウトだ。

私にとって知性や理知性はセクシーさと同義なのだ。

相方の幼馴染が血管外科医なのだが、こちらもイケメンだ。

若い頃付き合っていたオランダ人もインターン医だったし、相方の父親は内科医だし、私の好みは医者か医者の息子なのだ。

マッチョであからさまにセックスアピールする肉体派よりも、インテリジェントでソフィスティケートな男に惹かれる。

ウィッティな会話が楽しめる相手。

話が大幅にズレてしまったが、そんなことが走馬灯のように頭の中を駆け巡りながら若いイケメンドクターの診断を聴いていた。

「緊急手術の扱いで、今順番待ちをしているから、いつでも手術に入れるようにこれからは一切飲み物食べ物を採らないで」と言われた。

食べ物はまだしも、飲み物まで?

「口を湿らす程度はいいけど、沢山は飲まないで。胃の中に液体があると、麻酔をしたときに逆流して窒息するから」。

はい、わかりました。

ここから断食が始まった。

その4へ続く


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瑪麗醫院(クイーンメリー病院) 薄扶林 その2

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プロフィール

 

1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

当サイトはそれぞれの場所の思い出を綴った紀行文サイトです。

 

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