瑪麗醫院(クイーンメリー病院) 薄扶林 その5

2001年~2016年の間香港に暮らした。

香港では2010年か2011年に、飼い猫に腕を噛まれたところが化膿して、入院して手術を受けた。

当時の写真は手元に一枚も残っていないのだから、記憶を手繰ってこの記事を書いてみることにする。

その3 その4


教授の回診は毎朝一回だった。

ある朝、教授は沢山の学生をぞろぞろ引き連れてやって来た。

8人部屋の中を回り、私のところまでくると「飼い猫に噛まれたケースです」と、学生たちに説明して傷口を見せた。

学生たちは私の腕の傷をのぞき込み、ノートになにやら書き込む学生もいた。

「猫は噛まれる危険がありますから、犬を飼った方がいいでしょう」と、訳のわからない説明もしていた。

私の腕の傷は相変わらずオープンで、普段は傷の中に脱脂綿を詰めて包帯を巻いていた。

いつも点滴をしていた。

そうして何日か経ったとき、ついに傷口を縫合しても良いと許可が出た。

その時は、さすがに全身麻酔ではなくて局部麻酔を選んだのだ。

だがしかし、これが大きな間違いだと後で思い知ることとなる。

局部麻酔に加えて圧迫止血をして縫合するのだが、最初の5分くらいはまだよかったのだ。

ドクターは執刀医とは別の女医で、ナース達と世間話をしながら私の傷口を縫合していた。

「えー?あのスーパーってそんなに安いの?今度からそっちへ行かなくちゃぁ」なんて会話をしている。

局部麻酔だから意識はしっかりあるので丸聴こえなのだ。

縫合作業が5分を経過した辺りから、圧迫止血の痛みが尋常ではなくなってきた。

ものすごく痛い。

痛い。

激痛だ。

ジッと歯を食いしばって耐えていたが、途中から我慢できないうめき声が漏れ始めた。

「世間話はどうでもいいから、早く処置済ませろや!」と叫びたかった。

ナースが一名私の手を握りしめ、撫でてくれていた。

それからどれくらいの時間が経過したのだろうか、ようやく縫合は終わった。

圧迫止血を解いたとたんに局部麻酔も切れ、尋常ではない痛みが縫合の傷から襲ってきた。

あまりの痛みに、私はストレッチャーの上でのたうち回りながら叫び声をあげていた。

もうなりふりは構っていられなかった。

部屋のベッドに移されてからも、痛みは増すばかりだった。

ベッドの上でのたうち回って苦しむ私を、相部屋の人たちはジッと見ていた。

およそ5分ほどだったのか・・・ようやくナースが一人入ってきて、私の腕にモルヒネを注射した。

すると痛みは消えた。

「どうしてあんなことをするのかしら」同部屋の20代の女の子が言った。

「あんなことって?」と聞くと、「痛み止めを打たずにあなたを放置すること」と言った。

本当にその通りだ。

あれはまさに拷問だった。

日本とは違い香港の病院などでは、およそ優しさとか思いやりということはあまり見られない。

ナースもドクターも「仕事」をしているのであって、介護や看病をしているわけではないのだ。

だから、私たちがどんな気分でいるかとか、そういうことはあまり気にかけてはもらえなかった。

傷口が縫合された後、私は一週間ぶりにシャワーを浴びることが出来た。

今まではシャワーを浴びることも禁じられていたから。

毎日濡らしたタオルで髪を拭いていたけど、シャンプーの爽快感には及ばない。

傷口をかばいながら、片手でも髪を洗えてようやくスッキリとした。

シャワーを浴びることが出来るって、素晴らしいなと思った。

スッキリと清潔になった後、外へ出てタバコを吸いながら見下ろす海はまた格別だった。

風が気持ち良く感じられた。

傷口がふさがり、退院の時が来た。

退院して抜歯したあとの傷の経過。


チョコは、この後すぐにイギリス人カップルに引き取られた。

そこで2年ほど暮らしたが、カップルが破局したことで再び私たちのもとへ来ることとなる。

その後、イギリス人の独身女性に引き取られ、今に至るまでずっと彼女のもとにいる。

2018年に風邪が悪化し目に炎症が飛び火し、片目を摘出する手術を受けた。

この時の様子は胸が張り裂けるようだったが、それでも飼い主からの愛情を一心に受けて安全に暮らしている。

良い人に引き取られて本当に良かった。

私の左腕にある今でもある4つの傷(猫の犬歯の数)は、次郎とチョコという猫の思い出だ。


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瑪麗醫院(クイーンメリー病院) 薄扶林 その4

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プロフィール

 

1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

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