シアトル 初めての一人旅 その2

私が初めて一人旅を経験したのは、1993年のことだった。

当時滞在していたワシントン州の小さな町チニ―から、長距離バスへ乗って出かけた先シアトルだった。

当時は19歳になったばかり。

その1はこちら


初めての一人旅は自由気ままだったが、逆に言えば自分一人しかいないので、何をするにも自分から動いて行かなくてはならない。

臆病に囚われて部屋の中へ閉じこもっていれば、時間はただいたずらにすぎていくだけ。

近所のキヨスクへ行って飲み物とチョコレートを買ってきて一休みした後は街へ繰り出すことにした。

一人きりでどこへ行くあてもなかったが、フロントでシアトル市内の地図を手に入れることができた。

この地図が優れモノで、シアトル滞在中はボロボロになるまで使ったのだった。

まず目指した先は地図に載っていたフィッシャーマンズワーフ。

とりあえずそこへ行ってみて、何があるか見てみようという感じだったと思う。

YWCA から坂を下ってフィッシャーマンズワーフへ向かい、最後に埠頭まで行くと、遊覧船があることがわかった。

この時に遊覧船に乗ったことがきっかけで、その後シアトルへ行ったら必ず乗ることになった。

それくらい気に入ったのだ。

海の上から一望するシアトルの街がなんとも言えなく素敵だった。

写真の左手に写っているのがスペースニードル

晴れの日に遊覧船に乗るとまた違った景色が見える。

フィッシャーマンズワーフと言えば名物はクラムチャウダーだった。

シアトルに行ったら食べた方がいい。

アメリカではニューオーリンズなら牡蠣、シアトルならクラムチャウダーってくらい有名だから。

私はシアトルに行ったときは、いつも埠頭にあるボートレストランでクラムチャウダーを食べていた。

一人で見知らぬ街で食事をするのは心細かったけど、それを忘れるくらい激ウマなクラムチャウダーだった。

私のそれまでのクラムチャウダー観を変えたほど威力のある代物だ。

もっとも、アメリカ料理らしくバターやミルクたっぷりのこってりとした味だから、あっさりとした和食が好みの人には口に合わないかもしれない。


一人きりの旅で一番時間を費やしたのは買い物だった。

シアトルの海沿いの大通りには、古着屋がひしめいていた。

さすがグランジロックの地だけあって、素敵な服が沢山売られていた。

チニ―の町とは大違いだ。

その一つひとつを覗きながら物色するだけで、だいぶ時間を過ごすことができた。

惜しむらくはアメリカ人の体格が良すぎて、サイズの合う服が見つからないことだった。

もしもサイズさえぴったり合えば、欲しいと思う服が沢山あった。

ちなみに、アメリカでは驚くことに、下着まで古着として売っている。

日本人の感覚からすれば、誰かが使用した下着なんて絶対使いたくないものだけど、大雑把で気にしないアメリカ人たちは平気なのだろうか。

デパートの服の試着すら嫌がる人もいるくらいだけど、人の感覚とは様々だ。

買い物の合間には、目に留まったカフェにはいってラッテとサンドイッチを食べて過ごした。

一人きりなんだから、誰に気兼ねすることもなく自由に時間を使うことができた。

頭の中には相変わらず恋愛のゴタゴタがあったけど、今だけはそんなことからは解放されて思い切り好きなようにできる。

一人旅とは本当に自由だった。


一人で行ったときには登らなかったスペースニードルだが、連れがいる旅では必ず訪れていた。

一度目は友達のたつやと。

二度目は友達のみちよと。

三度目は当時付き合っていた恋人と。

思えば私がシアトルへ行くときには、すべて何かしらの男がらみの悩みを抱えていた時だったように思う。

恋愛関係のゴタゴタがあるたびに、よし、シアトルへ行こう!となっていたような気がする。

他に行けるような手ごろな場所が近くになかったのだろうとも思う。

だから、シアトルを思い出すときには、芋づる式に男の思い出も出てくる。

一度目にたつやと行ったときと一人旅の時にはある男との関係でダメージを抱えていた時だった。

少しでも気分を変えたくてシアトルへ行った。

この写真を撮ってくれたのはたつやだ。

この時の絵は今でも実家にある。

二度目にスペースニードルに登った時に隣にいたのはみちよ。

本当は男と一緒に来るはずだったのが、ドタキャンされたのだ。

それで、道すがらずっと愚痴を言い続けてみちよを辟易させた記憶がある。

この写真は一度目にたつやと登ったとき。

みちよとは夜に登ったが写真が残っていない。

目を瞑っている写真ばかりだけど、この時19歳で、これから3~4年後に再び訪れたときの写真がこちら。

一体どれくらい変わるんだよと突っ込みたくなるくらいの変わりようだ。

この年頃の女って変わるもんだ。

要因はやっぱり男だろう。

振り返れば4回訪れたシアトル、その時その時で当時の私の心情はまるで違っている。

そして見える景色も。

ほろ苦い思い出が多い街でもある。

ちなみに、シアトル郊外はこんな雰囲気。

1995年に訪れたときに撮影したもの。この時はレンタカーを借りて回った。


2泊3日の初めての一人旅は終わりに近づいていた。

街はずれのバスターミナルから再びグレイハウンドバスにのってチニ―まで帰るのだ。

少し疲れが出ていた。

このときにバスで隣の席に乗ってきたアメリカ人が、実はうざったかった。

あちらから話しかけてきて、最初はフレンドリーな人だと思った。

けれどお喋りが止まらないのだ。

私はお喋りがひと段落したら、一人の時間を静かに過ごしたいと思っていた。

だけど彼女の質問攻めは止まらない。

会話が途切れそうになると、終いには

「あなたのジーンズのサイズはいくつ?」

というどうでもいいことまでも質問してきて、さすがにこれには答える気になれなかった。

旅先では時々こういう人に出会う。

1999年に訪れたエジプトはカイロのホステルでも、ロビーに座っていた時韓国人の女の子が話しかけたまま止まらず、疲れ切っていた私はイライラしたものだ。

その時そのときの気分で、誰とも話さずに静かにしていたい時があるものだ。

自分が社交的な気分ではないとき。

そういう時にズケズケと話しかけられると辟易とする。

シアトルからチニ―の街までは5~6時間の行程。

最後にチニ―のバス停で降りて、大学の寮へ向けて歩き出したときには心なしかホッとした。

不安や心配も沢山あったけど、冒険に満ちていた初めての一人旅は無事終わった。

さぁ、ルームメイトがいる寮の部屋へ帰ろう。

そこがアメリカでのとりあえずの我が家だ。

キャンパスにあるバスケットボール・コート


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プロフィール

 

1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

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