キブツ Kfar Blum イスラエル その1

1999年2月~8月まで半年間、私はイスラエルに滞在していた。

25歳だった。

六芒星を国旗に掲げるこの国に、私は縁があった。

当初は、キブツへ行ってボランティアをするつもりで、最初の数か月はその通りになった。

レバノン国境にほど近い街キリヤット・シモネから少し南へ行ったところにある Kibbutz Kfar Blum にボランティアとして滞在した。

当時は私も含め、世界中から18歳~35歳の若者が、ボランティアをしにイスラエルへ来ていた。

私が2月にキブツに着いたとき、Kfar Blum にはすでに、イギリス、オランダ、ドイツ、デンマーク、オーストラリア、韓国からボランティアたちが来て滞在していた。

みんな好き好きに来ては、好き好きに去っていく。

滞在期間は最長で6か月間認められていた。


私の記憶によれば、テルアヴィヴの街に着いたのは1999年の2月17日か18日、その辺りだったように思う。

成田からイスタンブール経由でテルアヴィヴのベングリオン空港へ降り立った。

空港から街まではバスで行ったのだけど、夜の到着だったから、宿が見つけられるかどうか不安だった。

当時のガイドブックに載っている通りに行ったはずだけど、やっぱり目当てのホステルは見つけられなかった。

それで、たまたま入った別の宿で一晩泊まることになった。

その日の夜は疲れていたのに、眠れなかった。

成田から発つ前に東京で一緒に過ごした人たちのことを思い出していたし、それに、イスラエルは夜が遅い国だった。

いわゆるパーティーは夜11時過ぎから始まる。

それまではみんな夕食を食べたり休んだりしているのだ。

11時を回ると突然大音量で音楽を掛けてパーティーが始まる。

この日も、階下のバーの音が朝方まで続いていてとても眠れなかった。

翌朝、キブツのボランティアを斡旋している事務所まで行くはずだったのに、道に迷ってしまってなかなか辿りつけない。

公衆電話から事務所に電話をしても、行き方がいまいちわからない。

私は街中のベンチに座って途方に暮れていた。

サイモン

すると、突然誰かに話しかけられた。

驚いて見上げると、東洋人の男が立っていた。

「君、Akiko でしょ?」

は?え?なんで名前知ってるの?

思い切り警戒心を顕わにして、「アンタ誰?」と聞く私。

「ボランティア事務所から来たんだ、君を迎えに行ってきてくれって頼まれたから」

彼は自分のことをサイモンと紹介し、「韓国人だよ」と言った。

サイモンは私の荷物を持ってくれ、二人でボランティア事務所まで行くことになったのだった。

サイモンとの出会いはこんな風に、すごく劇的だった。

サイモンは、私のイスラエル生活には欠かせないキーパーソンとなる人だった。

ドミニク サイモン マタイン ナタリー

その後、私とサイモンは二人で長距離バスに乗って、北にあるキブツ Kfar Blum まで一緒に向かった。

サイモンも Kfar Blum でボランティアをしていたのだった。

たまたま休みでテルアヴィヴまで来ていたときに、私が来ることになったので、一緒にキブツまで連れて行ってくれることになった。

長距離バスの中はライフル銃を持った兵士たちで溢れていた。

一般市民は私たち二人だけだった。

私はライフルを見るのが初めてで、もしもライフルが誤爆したらどうしようと気が気ではなかった。

それくらい気が小さい人なのだ(嘘)。

イスラエルは徴兵制で、男は19~21歳まで、女は20~21歳まで兵役をこなさなくてはならない。

ライフルを持ち歩くのは彼らの義務だ。

イスラエルは常に戦時下にある国で、いつも緊張感が漂っていた。

エディ(ボランティア・リーダー)

テルアヴィヴからキブツまでは、全部で7~8時間くらいかかったような記憶がある。

本当はもっと早くつけるはずなのに、そのバスがなぜかすごくかかったのだ。

キブツに着くと、ボランティア・リーダーのエディが出迎えてくれた。

エディはボランティアを総括しているキブツのイスラエル人だった。

韓国人の男の子 キャロライン エディ マリスカ

「サイモン、随分遅いじゃないか」とエディは言った。

「長距離バスだったからね」とサイモンが言うと、「なんてのろまな長距離バスに乗ったんだ」とエディは言った。

エディは私を部屋へ案内してくれた。

この時は2月で部屋が余っていたので、私は一人で一番大きい部屋を使うことができた。

レイチェル

その後にレイチェルという女性に会った。

レイチェルとキャロライン

レイチェルはボランティアのビザやその他生活面でのサポートを一手に引き受けている女性だった。

私のボランティア・ビザを取ってくれたのもレイチェルだ。

レイチェルはボランティアのことを子供のように可愛がっていて、私たちも彼女を慕っていた。

レイチェル ニック マイケル

その2へつづく


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キブツ Kfar Blum イスラエル その2

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プロフィール

 

1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

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