ハーグ・シティ・センターや文化的な経験 ハーグ オランダ

1999年8月から2000年5月まで、私はオランダに住んでいた。

イスラエルで出会ったオランダ人のパートナーと一緒に暮らすため。

当時イスラエルで出会った沢山のオランダ人の友人とは、今でも繋がっている。

そのうちの一人サリーの家に、2019年8月に3週間滞在することとなった。

サリー達一家は8月9日から3週間の休暇へ出かける。

その間、留守を預かって猫2匹の世話をしてくれる人を探していたのがきっかけ。

毎年恒例のことだけど、今年は何か促されるものを感じ、私が日本から行くことにした。

それを決めたのが2019年4月。

そして数日前にいよいよ20年ぶりのオランダへ!


3日目の早朝(午前1時)に、サリー達一家は3週間の休暇へ出かけた。

私は爆睡していて、サリー達が家を出発したことに全然気づかなかった。

到着から4日たった今でも時差ボケが抜けていない。

朝起きたら、家の廊下の壁にこれが書いてあった。

家には、サリーのご主人の甥っ子カップルがポルトガルから遊びに来ていて、同じく滞在中。

これから3日間は、私と彼ら二人の共同生活になる。

二人は25歳で、今回の旅がポルトガルを出た初めての旅だそう。

飛行機に乗ったのも初めて。

甥っ子のアンドレは英語が普通に話せるのでコミュニケーションは問題ない、彼女のカロリーナは英語が話せないので、アンドレが通訳してくれる。

昨日彼らはアムステルダムまで観光に行った。

私も誘われたけど、私はアムスは時間をとって自分の行きたい場所へ行きたかったので、この日は断った。

彼らがアムスから持ち帰った「お土産」が秀逸。

カンナビス・チョコ欲しい!

と思ったけど、私はチョコレート食べないし、他にこのチョコを欲しがる人が思い浮かばない・・・・

と思ったら、一人だけいるかもしれない。

その人用にこれ買っていこうかな、と思い始める。

旅に出ると、お土産買いたくなる癖がある。

アムスから帰ってくると、ポルトガル人カップルは料理を始めたんだけど、それもまた秀逸。

スパゲッティとソーセージ食べるって言うんで見てみたら、こんなのやってた!

見たことない!

面白い!

別にポルトガル料理ってわけじゃないみたい。

面白すぎる。

私も少し食べるか?と聞かれたので、食べてみることに。

見た目通りの味。

私は外国人の友達の方が多いんだけど、こういうのが面白いよね。

食べ物ってすごいお国柄が出る。

私が作ったミネストローネの写真を見せると、「おいしそう!」と言うので、今日は私がミネストローネを作って皆で食べることに。

今回は、私が日本から持ってきたコレを入れてみようと思う。

ハローキティのマカロニ。

茹でてからスープの中に入れたら水を吸って膨らんで倍くらいの大きさになった(笑)。


今日はやけに風が強くてびっくりしていたら、ルクセンブルグに嵐が来ているんだって。

地理的には近いから影響があるだろうと思う。

とにかくひどい風で、庭にあったものがすべて吹き飛ばされた。

家の窓を厳重にしめて被害が広がらないようしないと。

そんな中、私たちはトラムに乗ってシティ・センターまで行った。

明日3人でロッテルダムへ行くので、その手配をするため。

ハーグセントラル駅

シティホール付近

トラムの駅で

20年前からオランダが変わっていないこと、それは、街の中や駅舎の中、トラムの中のアナウンスなどがすべてオランダ語だということ。

日本や香港などでは、日本語や広東語の他にも英語や他言語の表示があるから外国人でも読めるけど、オランダはオランダ語がわからなければどうしようもない状況。

これは20年前も同じで、私はすごくストレスに感じたことの一つだった。

今日も、明日ロッテルダムで使う1日パスを買ったんだけど、そこに書いてある説明が全部オランダ語。

だから観光客は分からない仕組みになっている。

トラムの中のアナウンスも、重要な部分はすべてオランダ語で、どうでもいい部分だけ英語。

意味ないよねぇ。

20年前に、オランダの居住権と就労ビザを取りながら私がオランダに住むことを選ばなかった理由は、オランダがすごく不便な場所だから。

それは今でも変わらないなーと思った。

アジアの自由民主主義に慣れている私にとっては、社会主義のオランダでの生活は不便の一言に尽きるのだ。

オランダではみんな中古品を買い求め、新品を買うことはほとんどない。

でも、私はコーヒーメーカーやトースターやベッドは新しいものを買いたい人。

自分の好きなデザインと機能のものを、自分のお金で買いたい。

オランダでは倹約・節約のためにセカンド・ハンド品ばかりで済ませる人が多いけど、それだと私はストレスになる。

この辺りがオランダ人のパートナーとは合わないところだよね。

ポルトガル人二人はロッテルダムに泊まって次の日の早朝ポルトガルへ帰る。


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プロフィール

 

1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

当サイトはそれぞれの場所の思い出を綴った紀行文サイトです。

 

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