アムステルダム国立美術館 アムステルダム オランダ その3

今回3週間の滞在中、一度はアムステルダムへ行こうと決めていた。

目的は、持参している旧通貨であるギルダーをユーロへ換金するためにオランダ中央銀行(De Nederlandsche Bank)へ行くことと、美術館を訪れること。

アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)には、2019年8月21日に訪れた。

Rijksmuseum

その1

その2


アムステルダム国立美術館には、その他にも夥しい数の展示品がある。

この辺りの絵は18世紀~19世紀にかけてだけど、今の街並みとほぼ同じだ。

なんかこういうのを見るとちょっと安心する。

この頃から人口が増え始めたので、今の形のようなカナルハウスを大量に建築し、住居を確保していったらしい。

下の絵は、オラニエ公逝去を描いた作品。

ちょうどこの美術館を訪れる前日に、デルフトの「新しい教会」を訪れて、実際のお墓を観て来たばかりだった。

デルフトの新しい教会

オランダと日本の関係について説明する文もあった。

日本では400年に渡る鎖国の間、長崎の出島という場所で唯一貿易を許されていたのがオランダ(とポルトガル)だったこと。

日本ではオランダ人と交渉する人たちのことを「蘭学者」と呼び、医学やその他科学の知識はオランダ人経由で日本へ輸入されたこと。

オランダ人たちは長崎の出島から外へ出ることは、基本的には許されていなかったことなどが書かれている。

宗教画のセクションで、男性の聖職者がすべてフランシスコ・ザビエルに見えてしまうのは、やはり私が日本人だからだろうと思う。

日本人にとって、オランダ・ポルトガルのイメージってほぼそこから来ているでしょ。

考えてみたらオランダと日本の縁は深い。

今でも日本人はビザの面ではオランダではすごく優遇されているし、もともと仲は良い方だろうと思う。

こういう絵を見ると、昔はなんか野蛮だったんだなーなんて思う。

下はオランダの男性たち。

大航海時代の絵。

造船技術が発達していたオランダ。

船に国旗がついているのはこの時代から。

ロッテルダムで運河を走る貨物船にオランダ国旗がついているのを見て「フランス国旗がついている」と言ったのはポルトガル人のアンドレだったけど、私もフランス、オランダ、ロシアの国旗の見分けはつかない。

この美術館には素晴らしい図書室が併設されている。

実際にここへ来て読み物や調べものをしている人たちもいるので、静かにしなくてはいけない。

画家たちを描いたステンドグラス。

美術館のホール。

この後ゴッホ美術館の予約があったので2時間で出てきたけど、本来であればじっくりと丁寧に見て回れば一日がかりになる美術館だと思う。

いつかもう一度来てもいいかもしれない。


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アムステルダム国立美術館 アムステルダム オランダ その2

ゴッホ美術館 アムステルダム オランダ

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1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

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