爆弾シェルター イスラエル その1

ここに書く話は、私の人生の中で恐らく最もクレイジーで、かつ華々しかった経験の一つだ。

いつかはこの話を書きたいと思いつつなかなかそうできない理由は、様々な事情により、当時の写真が手元にないこと。

それでもよく探したら、一枚だけ当時の様子を映した写真が出てきた。

それがこの一枚。

2019年2月23日、とうとう当時の写真を手元に復元することに成功。

改めて当時の写真を交えて記事を書き直したいと思う。


初めてのイスラエル

1999年2月~8月まで半年間、私はイスラエルに滞在していた。

25歳だった。

六芒星を国旗に掲げるこの国に、私は縁があった。

当初は、キブツへ行ってボランティアをするつもりで、最初の数か月はその通りになった。

レバノン国境にほど近い街キリヤット・シモネから少し南へ行ったところにある Kibbtz Kfar Blum にボランティアとして滞在した。

当時は私も含め、世界中から18歳~35歳の若者が、ボランティアをしにイスラエルへ来ていた。

私が2月にキブツに着いたとき、Kfar Blum にはすでに、イギリス、オランダ、ドイツ、デンマーク、オーストラリア、韓国からボランティアたちが来て滞在していた。

みんな好き好きに来ては、好き好きに去っていく。

滞在期間は最長で6か月間認められていた。

季節柄か、ボランティア用の部屋は余っていて、幸い私は大きな部屋を与えられて一人で使うことができた。

壁一面にひまわりの落書きがしてあった。

歴代ボランティアが描いたものだろうと思う。

座って書き物をしているのは、当時ここで出会って付き合うことになったオランダ人のマタイン。

マタインとはオランダ語で Martijn。

英語ではマーティン Martin だ。

壁画の右上の方に小さな天使が描かれているのはマタインによるもの。

私へのプレゼントとして彼が描いてくれたのだが、私がここを発った後にあとから入った別のボランティアたちが塗りつぶしてしまった。

だから、この写真が唯一の記録。


キブツでの生活スタート

Kfar Blumについた最初の夜に、ボランティアたちの食事の会場まで連れて行ってくれたのがマタインだった。

長旅の疲れを休めるために部屋に一人でいると、彼がドアをノックして入ってきて、

「ようこそキブツへ。これからディナーだけど、一緒に行かない?」

と誘ってくれた。

当日は到着したばかりだし、初めて出会う人たちが多すぎて少し圧倒されていた。

この頃はまだ人見知りが激しく、出会った人たちとすぐに打ち解けられるほど世慣れてはいなかった。

ボランティアが一同に会する食堂でも始終緊張していて、あまり何も覚えていない。

もちろんマタインのことも、他の人と混同してしまって印象には残っていなかった。

日本人は私一人だけだった。

それでも数週間ここでボランティアとして過ごすうちに、次第に緊張感もほぐれて、他のボランティアたちと普通にお喋りを楽しめるくらいに打ち解けてきた。

ボランティアの仕事は色々あったけど、私はキブツが所有しているリゾートホテルのベッドメイキングの仕事をすることになった。

仕事は目新しく、楽しかった。


爆弾シェルター

ある日仕事が休みで、みんなが仕事へ出払った後に一人部屋で寛いでいると、マタインがノックして部屋へ入ってきた。

「もも・・・これから爆弾シェルターの中を掃除するんだけど、良かったら一緒に来て、中の壁に落書きしない?」

彼はそう言った。

まだ付き合ってはいない頃。

そう、ここには爆弾シェルターがあった。

この写真は外から見た爆弾シェルター。

上にはブランコが乗っていた。

200m置きに設置されていて、いざ近隣諸国から攻撃されたときには、マットレスとシラフを持ってシェルターの中へ避難するのだ。

内部にはトイレとシャワーが設置されている。

さすがはイスラエルだった。

当時はレバノン国境にヒズボラ一味が潜伏していて、一触即発の緊張状態にあった。

爆弾シェルターは、普段は閉鎖されていて中へ入ることはできない。

定期的に掃除するのはボランティアの仕事だったけど、たまたまその日はマタインの仕事だったのだ。

「うん!一緒に行く!」

生まれてこの方爆弾シェルターなるものの中へ入ったことのなかった私は、二つ返事で彼と一緒に並んでシェルターへ向かった。

その2へつづく


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瑪麗醫院(クイーンメリー病院) 薄扶林 その5

爆弾シェルター イスラエル その2

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プロフィール

 

1973年生まれ。

 

1993年から今までで19か国(一部地域)を訪れ、5か国での生活を経験しました。

 

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